一期の月影傾きて、・・・・・ 令和2年12月 |
歳を取りますと月日の過ぎ去る事の早い事、将に光陰矢の如しです。 中国人観光客を乗せたバス運転手が奈良公園でコロナに感染したのは 1月末の事で、遂先日の事の様に思いますが、もう今年も終わろうとしています。今年はコロナで明けコロナに暮れた一年でしたが、皆様ご健勝にお過ごしの事とお喜び申し上げます。 私は喜寿を目前にした爺ですから、命の蝋燭は残り少なくなっていると覚悟していますので、コロナだろうが癌だろうが恐れる事はありません。 只一つ、人様にご迷惑をかける事の少ない様にと願うばかりです。 「そもそも、一期の月影傾きて、余算の山の端に近し。忽ち(たちまち)に三途の闇に向かはむとす」(鴨長明・方丈記) 癌でもコロナでも閻魔様のお迎えがあれば、拒まず素直に従いたいと思っていましたが、9月にお知らせさせて頂きました様に膀胱癌を一年半も放置していたにも関わらず、閻魔様にまで嫌われてしまい、地獄の門は閉じられ三途の川を渡る事を拒まれてしまいました。三途の川の渡し賃は六文(現在価格で200円位)と聞いていますが、冥途もインフレで大幅に値上がりしているのでしょうか?。その上コロナウィルスも私には寄り付かない様でございます。 コロナの予防策などでは無く、単にお金が無いので梅田や難波・三宮や新開地(福原)の様な繁華街に遊びに行けない、私の様な貧乏人は、女性に嫌われるだけでは無く閻魔様やコロナウィルスにまで嫌われてしまうのでしょうか?。 理趣経の教えを守り、常に「欲心を持って異性を見ています」ので、お大師様や菩薩様は私を守って下さるのでしょうが、閻魔様や死神様には嫌われているのかも知れません。(平成25年9月理趣経、及び令和2年9月膀胱癌参照) 貴兄・貴姉もご健勝でお過ごしとは、私と同様にコロナウイルスも避けて通る、嫌われ者の爺・婆になられたのでしょうね!。 ![]() ![]() ![]() 万葉集で不愉快で腹立たしい歌を見つけました。古代に於いても爺はお姉ちゃんから、馬鹿にされ嫌われていたのです。 わが手本(たもと) まかむと思はむ 丈夫(ますらを)は 変水(をち水)求め 白髪生ひにたり 私の手枕で寝たいと思う殿方は、(私の袂を枕にして寝たい、との説もあります。)若返りの水(をち水)を探しなさい。白髪がありますよ。 (「をち水」は天照大神の弟「月読尊」が持つと言われます。月の満ち欠けを再生と捉え、月には若返りの水が有ると考えたのです。この歌は娘子(おとめ)が佐伯赤麿に贈った歌だそうです。 古代「娘子」には遊女の意味があり、現代の芸者や芸能人の様な方だと思われます。 竹内久美子説によれば禿げはモテないそうで、その上白髪の爺も嫌われ者なら、私がお姉ちゃんにモテる訳が無いのです。淋しい!!私もをち水が欲しい。令和元年8月禿げはモテないを参照) 逆に希望の持てる歌もありました。貧窮問答歌の作者山上憶良は従五位と言う貴族階級にも拘わらず、堂々とスケベな歌を詠んでいます。 天の川相向きたちて我が恋し 君きますなり紐解き設(ときま)ける・・・・・・山上憶良 当時の七夕は現代のクリスマスの様に恋人達が逢う瀬を楽しんでいたそうです。天の川に向き合うとは野外におられた訳で、今の青姦(野外セックス)と言う事でしょう。やがて貴方が来られるから下着を脱いで待っていよう、との意味だそうで、古(いにしえ)の方々は実におおらかで羨ましい限りです。 人の見る上は結びて人の見ぬ 下紐開けて恋ふる日そ多き・・・・・・詠み人知らず 人が見る上衣の紐は結んでいるけれども、人に見えない下着の紐は結ばずに開けておいて、あの方との逢瀬を待ち焦がれている日が続いています。 今風に言えばパンティを脱いでベッドで待っています、と言う事でしょうね。 私もこんな情熱的なお姉さんならパンツを脱いでお伺いしたいものです。 他にも色恋に年齢は関係無いと、頑張っておられる爺婆もおられました。 事も無く生き来(こ)しものを老(おい)なみに かかる恋にもわれは遇(あ)へるかも・・・・大伴宿禰百代 黒髪に白髪交り老ゆるまで かかる恋にはいまだ逢はなくに・・・・・・・坂上郎女 古(ふ)りにし媼(おみな)にしてや かくばかり恋に沈まむ手童(たわらは)の如・・・石川郎女 白髪交じりの老い耄れた爺婆になっても、こんな歌を詠んだ万葉人がおられたのです。老いも若きも皆様お壮んな事でございます。私もいにしえの方々に負けじと、まだまだ希望を持って頑張らねばと思っています。 老いぬれば 禿げて白髪に なりぬれど シアリス飲みて 元気はつらつ・・・・・色呆け爺 シリアスはバイアグラの後発品・ジェネリックの安い薬です。 余談 11月末に宮崎元衆議院議員の2度目の不倫報道がありました。 報道では不倫を責める意見が多いのですが、女性はともかく男性のコメンテーターの方々は本当にいけない事だと思っているのでしょうか?。内心「男とはそんな物だよ、バレない様にもっと上手にやれば良いのに。」と、思っているのだと思います。私も上手にやれよ、と思います。 (奥様、私が上手にやっている、と言う事ではありません。私はアナタの忠実な下僕です。) 膀胱癌と膵嚢胞の経過診察 8月に膀胱癌の手術をし、その時膵臓に膵嚢胞がある事が分かりましたので、11月末に経過診察の為、膀胱と膵臓の検査を受けました。 幸か不幸か?。膀胱癌に再発の兆しは無く、膵嚢胞にも変化は無く今の所膵臓癌に変異する兆候は無いそうです。しかし今後も経過観察が必要で三か月毎に検査に通わなければならないそうです。 検査費用は膵臓検査と膀胱検査合計で3,890円でした。 私の医療費自己負担率は一割ですから、この程度の費用で済みましたが、若い方々と同じ三割負担なら三倍の11,670円もかかる事になり、稼ぎの悪い私には少々荷が重く、検査など受けず病魔の進行は自然に任そうとするかも知れません。(私の一か月の煙草代よりも高額になってしまいます。私は医療費を削る事はあっても煙草代を削る様な事は断じて行いません。) 若い方々なら未だしも、私の様な老い耄れ爺の僅かばかりの延命の為、貴重な国家資金を投じて頂ける事を申し訳なく思い、高齢者の医療費の自己負担率一割の制度の恩恵を受けながらも、この制度に疑問を感じております。(令和2年10月、菅内閣発足参照) 9月にも書かせて頂きましたがこんな検査をする意味があるのでしょうか?。膀胱癌は血尿を一年半も放置していたにも関わらず、手術で簡単に治療出来たのです。再発しても血尿が出始めてから治療すれば良いでしょう。 膵臓癌は検査の結果初期で見つける事が出来た所で、5年内の死亡率は63%なのです。こんな検査などしなくとも食欲が無くなり痩せて黄疸の症状が出てくれば膵臓癌になったと自分で分かります。その時には手遅れで5年内死亡率は95%でその差は95-63=32%です。喜寿を目前に控えた爺が、たかだか32%の死亡率の低下を願って医者通いをし、貴重な国家資金の無駄遣いをするなど、バカバカしい限りです。 人は必ず死ぬのです。76歳で死のうが百歳で死のうが大して変わりはありません。片岡鶴太郎氏は125歳まで生きる事を目標とし、ヨガ健康法を実践し激痩せしていますが、私はそんなシンドイ事に挑戦する気持ちは毛頭ありません。 死神様のお迎えがあるまでは、病の事など気にせずお気楽に楽しく過ごせばよいのです。人間の死因は癌だけでは無く脳梗塞・心筋梗塞・肺炎・・・ コロナや交通事故、はたまた年寄りは餅を喉に詰めて死ぬ事だってあるのです。(因みに日本では餅を喉に詰まらせ窒息死される年寄りは年間1,300人もおられるそうです。 コロナで亡くなられた方は2,000人程ですが。) 私は根っからのエエカゲンな男で、「世の中の事は成る様にしかならない」とお気楽に考えていますので、自分の健康管理にも無頓着でそれ程深刻に考える事は無く、「どうせ何時かは死ぬのだからこの歳になり死期が多少早まろうが遅れようが大した違いは無い。」健康管理など適当にやっておれば良いと、不摂生な生活を続けております。 30年以上前から健康診断で肥満でコレステロールが高いとか高脂血症だと指摘され、医者からは治療薬を服用する様勧められましたが、そんな薬を飲めば痴呆症になるからと断り続けております。 十数年前、尿酸値が高いと指摘された時は通風で悩んでおられる先輩同僚がおられましたので、つい医者の勧めに従いザイロリックを服用していましたが、これも数年前から止めました。しかし今の所通風の気配は無く、尿酸値の値など調べる気もありません。 発熱や痛みがあったり、疲れやすいなどと困った事があれば医者に相談する事も必要ですが、自覚症状が無ければ医者に行ったり薬を服用する必要はありません。 膀胱癌や膵嚢胞の治療薬は頂いておりませんので、今服用している薬は時々飲むバイアグラ(シリアス)だけでございます。 (バイアグラは保険適用外ですが、ジェネリック医薬品のお陰で随分安くなりました。 お医者様の忠告を聞かない爺は、お医者様だけでは無く死神様にも嫌われるのでしょうか?。) こんな不摂生な私でも健康に過ごせるのは、紀州の出身ですからミカンが大好きで良く食べているからでしょうか?。 古事記の垂仁天皇の記に「非時香菓」(ときじくのかぐのこのみ・現代の橘)を探しに行く話があります。当時日本には橘は無く、橘(柑橘類)は不老長寿の果物と考えられていたそうです。 ![]() ![]() ![]() 酒を飲み煙草を楽しみ、鬼婆の目を盗んでは甘い物を食べ・・・・・と、 こんな自堕落な生活を続けても76歳まで生きられたのです。日本人男性の平均寿命は81歳ですからあと5年です。私の余命がどれだけ残されているのか分かりませんが、エエカゲンな生き方をして来た私ですから寿命が平均以下でも悔やむ事はありません。 (私が死神さまから見放されたのは鬼婆の厳しい管理で、お酒は二合しか飲めず、煙草も節煙せざるを得なく、毎日小一時間の散歩に付き合わされ、家事手伝いにこき使われ、その上小遣い不足で三宮や福原に遊びに行く事も叶わず、そんな情けない生活をしている所為でしょうか?。 お姉ちゃんに嫌われ死神様にまで疎まれた私は、鬼婆の下僕として生きる他は無いのでしょうか?。 ・・・・鬼婆とか意地悪婆さんと言いますが、鬼爺とは言いません。何故でしょうか?。) この世にし楽しくあらば来む世には 虫に鳥にも我はなりなむ 生まるれば遂にも死ぬるものにあれば この世なる間は楽しくをあらな 令和の由来となった万葉集の「梅花の歌」の作者、大伴旅人の歌です。旅人は67歳で亡くなっていますが、私は旅人より長生きしましたので、これ以上長生きしたいなどとの欲深い事は望まず、この世なる間は鬼婆の監視の目をかいくぐり、楽しく過ごしたいと思っています。 私はクリスチャンではありませんが、マタイの福音書に「明日の事を思い煩うなかれ、一日の苦労は一日で足れり」との言葉があるそうです。 私はこの言葉を「下手な考え休むに似たり」との諺と同様にとらまえ、明日の事など誰にも分らない、「明日は明日の風が吹く」とお気楽に生きていきたいと思っています。 島崎藤村の千曲川旅情に「この命なにを齷齪明日をのみ思ひわづらふ」との一節がありますが、藤村もマタイ伝をご存知だったのかも知れません。 (藤村は奥様の死後、家事手伝いに来ていた姪を孕ませ前後策に思ひわずらっていたのだと思いますが?。) |