嬥歌(かがい)  (歌垣)     平成27年3月

白州正子さんの本を読んでいて「嬥歌」
(かがい)と言う言葉を知りました。古典に良く取り上げられる歌垣(うたがき)の事だそうです。
私は歌垣とは奈良・平安朝の頃、宮廷歌人達が恋歌を交換する場と
(歌の発表会)と思っていましたが、もっと古い時代から行われ、単なる歌の交換だけでは無く、自由恋愛の場だったそうです。
  
(私はどんな本をよんでも艶めいた話や助平な話には興味があります。)
                 
白州氏の説明によれば嬥歌は春秋に村の男女が集 まって、酒盛りをして遊ぶ年中行事の一つで万葉集にも多くの相聞歌がとられているそうで
   
(昔の人は貴賎を問わず皆様歌を詠むのが上手だった様ですね。)
たとえ人妻といえども、男に言い寄られると拒む事は許されず、処女も人妻も、そこでは誰に遠慮する事なく、一夜の恋の歓楽に酔いしれたのである。古代の人々にとってそれは単なる遊びでは無く、娯楽を兼ねた農耕儀礼であったに違い無い。男女が睦み合うことは、神意に適う行為であり、豊年を祈る神聖な祭りでもあった。・・・・との事です。
    (なんと素晴らしい習慣でしょう、羨ましい限りです。)


百人一首の13番
  筑波嶺のみねより落つる男女川
(みなのがわ)
       恋ぞつもりて淵となりぬる    陽成院
(筑波のいただきから流れ落ちてくる男女川が、最初は細々とした流れから次第に水かさを増して深い淵となるように、恋心も次第につのって今では淵のように深くなっている)
茨城県つくば市の筑波山は古代より嬥歌が行われた山です。
陽成院は平安時代・57代天皇で筑波などには行った事は無いはずですが、この歌はその事をふまえ詠まれています。筑波山より流れ出る川が男女川と呼ばています。


又、筑波山に関し万葉集にも面白い歌が残されています。
 「鷲の住む筑波の山の裳羽服津(もはぎつ)の その津の上に
 率
(あども)ひて 未通女(おとめ)壮士(おとこ)の行きつどひ 
 かがふかがひに 人妻に 我も交
(まじ)はらむ 
 我が妻に 人言
(こと)問へ この山を領(うしは)く神の 
 昔より禁
(いさ)めぬわざぞ 今日のみは めぐしもな見そ 
 事も咎
(とが)むな」              高橋虫麻呂

 「男神
(ひこかみ)に 雲立ち上(のぼ)り 時雨降り
     濡れ通るとも我れ帰らめや」      高橋虫麻呂


現代語訳
鷹が住むほどの険しい筑波の山の裳羽服津
(もはきつ、地名神に慎んで裳を着ける場所)その泉のほとりに誘い合って乙女や男が集まって遊ぶ歌垣(かがい)で人妻に私も言い寄ろう。私の妻に他人も言い寄りなさい。この山を支配している神様が昔からお許しになっている事です。
今日だけは他人が言い寄ることを痛々しいなどと思って見てくれるな。又私が言い寄ることも咎めるな。 

男神の嶺に雲が湧き上がり 時雨が降ってびしょ濡れになろうとも
楽しみ半ばで帰ったりするものか。今夜はとことん交わるぞ。

  
(筑波の山はガマガエル(筑波山麓合唱団)が喧しかっただけでは無く、
   あまた男女の一夜の恋の喜び!!悦楽の叫び声も大きかったのです。)

高橋虫麻呂の名誉の為補足させて頂きますと、彼はスケベではありますが、私の様なアホな助平爺では無く、優れた歌人で万葉集に富士を詠んだ素晴らしい歌が残されています。

    否尽
(ふじ)の嶺(ね)を高み恐(かしこ)
         い行きはばかりたなびくものを  高橋虫麻呂

又、摂津の住吉
(神戸市)にも面白い歌が残っています。
 「住吉
(すみのえ)の 小集楽(をづめ)に出(い)でてうつつにも
        おの妻
(づま)すらを 鏡と見つも」  詠み人知らず
摂津の国住吉で行われた歌垣に「人妻とおれも交わろう 他人も俺の女房に言い寄るがよい」と心を弾ませて出かけた夫婦がいました。彼女は今日は歌垣ということで日頃の身なりとは打って変わり、めかせるだけめかし、顔に厚化粧をし、年に似合わぬ派手な装いに着飾っていきました。ところが現地で妻を見た夫は彼女のあまりの変貌とその美しさに息をのみ且つ驚嘆し「他人の妻に我は交じらはむ」の勢いはどこへやら。衆人の前で「どうだ、俺の女房は美人だろう。凄いだろう」と大いにのろけたということです。
   (25年3月神戸の紹介NO3の項で本住吉神社の写真を載せています。今では
   本住吉神社の周辺は賑やかな街並みになっていますが、昔はこの近くで歌垣が
   行われていたのでしょう)


古代の日本人は実におおらかに性を楽しんでいたのです。
何時の頃より日本人はこのおおらかな心を失ってしまったのでしょうか
実に寂しいかぎりです。残念でたまりません。!!
     皆様、私達も古代日本人のおおらかな心を
      取り戻そうではありませんか!!
  
(私も狂歌でお茶を濁すのでは無く、バイアグラ片手にもっと真剣に短歌の勉強に
   励む事でしょう。)



先日家内が恐ろしい事を言いました。「女性の再婚禁止期間6カ月、私はもう妊娠出来ないのだから、禁止期間など必要無いのに」と・・・・・この歳になっても色気が残っているのは喜ばしい事ですが、私と別れて再婚したい男でもいるのでしょうか?。
又先日映画館で隣に座った初老の二人連れの話を聞いて「あの二人は夫婦では無い様だ、婚活デートをしているのに違い無い」・・・と羨ましそうに話しておられました。
・・・私は早くあの世に逝って妻に再婚のチャンスを与えた方が良いのでしょうか?・・・・
もしも昔の様に歌垣が行われたら家内は住吉の奥様と同じく厚化粧をし派手な衣装で着飾って出かける事でしょう。)

古代には日本各地で嬥歌(歌垣)を行っていたのでしょうが、今では殆どその痕跡は無くなり、僅かに筑波を含め数か所の地名が残されているだけになってしまいました。
関西では奈良県桜井市の三輪山の南西、「海石榴市」
(つばいち)や大阪府豊能郡能勢町の「歌垣山」が残されているそうです。能勢町の歌垣山は標高553mの小高い山で、杵島山(佐賀県)、筑波山(茨城県)と合わせ日本三大歌垣山といわれているそうですが、能勢町で詠まれた恋歌を見つける事が出来ません。